2012年4月16日 (月)

マサさんが今季初勝利!

 中日ドラゴンズの山本 昌(やまもと まさ)投手が今シーズン初勝利を挙げた。これまでの登板も悪くない内容だったがツキがなかった。でも、昨日ようやく阪神タイガースを相手に8回2安打完封。最終回こそ岩瀬に交代したけど、堂々の内容で勝利をおさめた。今季初勝利を心よりお祝い申し上げます。

 マサさん、あなたが46歳でセ・リーグ史上最年長勝利投手になってくれたから、同い年のボクも頑張れるんです。素晴らしいゲームをありがとう。

 いや、観ていてこっちまでアツくなりましたよ。まるで自分のことのように嬉しいっ!

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2012年4月15日 (日)

ツイッター言論の危険性?

 年度初めの慌ただしさが続いたこの半月余りでしたが、ボクは相変わらずいろんな事に興味を覚えては首を突っ込んでいます。

 特に最近考えていることは、これまで続けてきた当ブログと新たに始めたツイッターとの連携・使い分けをどうするかということです。

 ツイッターに手を出してそろそろ3か月になろうとしています。この間、このツールの利点・欠点なんぞを自分なりに理解しようとしてきました。ツイッターに夢中になるあまりブログの更新はとんと御無沙汰でしたが、しばらく放置しておくことでその利点に改めて気づくことができたように思います。すみません、言い訳です。(笑)

 しばらく使ってみて思ったのですが、ツイッターはどうしても自分と趣味・嗜好が似ている方同士でフォローしたりされたりする傾向が強くなりますよね。(ツイッターを)やられている方にはご理解いただけると思います。すると、よほど気をつけないと「仲良しクラブ」「村社会」「タコツボ化」に陥ってしまう危険があるわけですよ。ボクはどうにもこういう関係性が苦手です。これまでどんな勢力とも付かず離れずの関係を保ちながら生きてきましたから。

 バーチャル空間で形成された共同体において交わされるツイートは似たような意見・感想の表明になりがちです。ボクの場合は、ここ数年関心を寄せているワイン(特に国産ワイン)の情報、ボクがよく出かける松本・小布施・小淵沢(もちろん地元である諏訪・岡谷も)の情報、世界各地(とくにシンガポール)の情報、好きな音楽の情報なんかに触れたくてツイッターを利用しているので、そういった趣味・嗜好の方をフォローしたり、これらに関連するツイートが多くなったりするわけです。それ自体は別に問題ないと思うんだけど。。。

 ひとつ気になっているのは、世界各地に在住しておられる日本人の方のツイートを読んでいると、日本悲観論が非常に高まっていることです。いや、外国在住の方と日本国内在住の方とのやりとりに将来の日本を悲観する論調が多いのかな?で、どちらかというと国内在住の方のほうが、わが国についてネガティブなツイートを発している場合が多いみたいなんです。逃げ遅れた!っていう気分なのかな?

 一般論としてツイッターをつうじてお付き合いしている方の多くがさかんに日本悲観論を唱えていると、最初はそれほど悲観していたわけじゃない方も影響されて悲観論者になったりなんてことがありそうです。ある方のツイートに対してあからさまに批判するのも悪いと思いつつ「うんうん」と同意のつぶやきを発しているうちに、いつの間にかその言論共同体に属しているメンバーが同じような思考に染まってしまう。これは警戒しておくべき兆候です。

 とかくツイートは、思いついたことを頭のなかでいったん整理・熟考することなく発してしまう傾向があるので、ある事象を深く掘り下げることなく人に伝えてしまいやすい。そんな思考・行動様式に慣れてしまうと、マインドコントロールが効きやすくなります。集団催眠にかかったように共同体のメンバーがほぼ同じような論調で発言することの恐ろしさをボクは危惧しているわけです。

 原発問題に関してはすでにそんな状況になっているような気がしてなりません。かなり無茶な政府批判がまかり通っていますし、現在停止している原子炉の再稼働については、もう事実上議論の俎上に乗せることさえ困難になっています。政府はこれから再稼働してもしなくてもボロクソに批判されますよ、少なくともツイッター上では。

 ツイッターの負の側面が明らかになってきたんじゃないでしょうか。

 べつに趣味やジョークのレベルでつぶやいてる分には害になりませんけどね。政治レベルの発言がそんな状況になってゆくのはやはり怖いです。デマゴーグが跋扈する民主主義は悪夢でしかありませんから。ましてや言ってる本人が無意識のうちに踊らされている状況は最悪です。

 ボクはどこかに健全な批判精神を担保しておきたい。だからブログではそれなりに時間をかけて頭のなかを整理した状態で物を書き、公開する。そんなツールとして使い続けたいと思っています。書いていることは他愛のないモノが多いですけどね。(笑)

 更新が滞っていますが、懲りずにたまに覗いてやってくださいね。一応、しぶとく続けるつもりですので。

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2012年3月10日 (土)

英語学習の王道について考えてみる

 趣味で続けてきた語学学習。特に英語に関してはシンガポールを訪れた際に、現地で普通に生活できるレベルの会話力をつけておきたいと思って、仕事のかたわら四苦八苦しながらそれなりに続けてきました。(これまでシンガポールは9回訪ねています)

 社会人になって英語再チャレンジをめざすようになってからもう10年以上たつのですが、年齢とともに記憶力の衰えはいかんともしがたく、加えて仕事が忙しくなるとしばらく中断といった状態でここまで来たので、上達は遅々として進まず、10年前に思い描いたレベルにはとうてい到達しえないのではないかと不安を感じているところです。

 このままのやり方で本当に上達できるんだろうか?と弱気になった時、ボクがよくお世話になるのが語学学習法に関する本です。独学でやってますので、拠り所が欲しいんですよね。 

 ものの本によると、日本人が英語圏での生活に困らないレベルの英会話力を身につけるためにはおよそ3000時間の学習時間が必要なのだそうです。もちろん個人差はあるのでしょうが、普通に考えれば1日1時間程度の学習だと週末1日お休みするとして年間で約300時間、これを10年間続ける必要があります。サラリーマンの身にとっては、一日当たりの学習時間はこれくらいが精一杯でしょう。

 ましてやこれだけの長期間個人で学習を続けるためには、①確かな方法論で取り組んでいるんだという安心感をもちながら学習を継続すること、②定期的に到達度をチェックするなど、学習の成果を実感できるしかけを用意しておくこと が必要ですよね。でないと途中でくじけてしまいます。 

 ②については定期的にTOEICや英検などの検定を受ければいいでしょう。では①については?毎日1時間程度しか語学学習の時間がとれない人がそれなりの英会話力を身につけるには何からやるのが最良なのでしょう?会話文を読み、自分で発声してみる?まずはイディオムをたくさん覚える?それとも基礎固めに英文法のテキストに取り組みますか?

 これまで行き詰るたびに外国語学習に関する本を読みあさってきたボクですが、今回はそんななかから手軽に入手できるものを三冊紹介したいと思います。いずれも新書です。 

 左から 

 『外国語学習の科学』 白井恭弘 著(岩波新書) 

 『語学で身を立てる』 猪浦道夫 著(集英社新書) 

 『英語達人塾』 斎藤兆史 著(中公新書) 

PhotoPhoto_2Photo_3 いずれも良書として知られている著作ですが、語学習得には相当の覚悟と根気が必要と説く点では共通しています。やはり「ただ聴いているだけでOK」なんていう生易しいことでは済まないようです。                                 

 ボクの理解では、①英文を大量に読む(多読)②確かな発音で吹きこまれている音声教材を大量に聴く(多聴)③英会話の基本表現が盛り込まれているスキット(会話文)を何度も声に出して読む(多唱) といったあたりが著者らの主張する学習のポイントなのかなと考えています。

 注意点としては

  1. ①については自分のレベルにあったものを読むこと。7~8割以上内容が理解できるものでないと続かないし、理解できないものは記憶に残らないから。辞書は引いてもいいです。ただしそれに時間を取られ過ぎないよう注意すること。
  2. ②についても①と同様で、音声に含まれているイディオム(単語・熟語)や表現の意味が7~8割以上聴きとれて理解できるものを利用すること。自分がなじんでいる分野についてしゃべっているものが良いそうです。すでに知見のある分野については推測がきくから聴きとり易いとのこと。あと、「ながら聴き」は効果が薄いそうです。リスニング学習は時間を決めて集中してやったほうがいいでしょう。
  3. ③については、イディオムは英文のなかで覚えるのが良く、その英文も単文の例文よりは会話文になっているものの方が飽きにくいし実用的だから。つまり英会話の基本表現に慣れると同時に、会話に頻出の単語や熟語も口に出して、目・耳・口からどんどんインプットしようというわけです。もちろん正しい発音にも心がけましょう。

 といったところでしょうか。

 とにかく大切なのは「大量のインプット」です。語学学習の初期にやるべきことはこれに尽きると言っていいでしょう。これなくして外国語の上達はあり得ないそうです。だから学校の授業だけでは実用レベルの英語力は身に付かないわけだ。

 ちなみにボクは、①については「英語で読む日本昔ばなし(ジャパンタイムズHP)のような、子供向けの本を時間の許すかぎり読み漁っています。②についても上記の本に付属の音声CDなどを通勤途中に車のなかで聴いています。③については以前にも書いたようにNHKラジオのテキストにあるスキットを付属の音声CDに合わせて毎日30分程度繰り返し唱えてます。

 英語学習については、そろそろ初級から中級に進級できるレベルかなと思っているボクですが(TOEICのスコアは500点台です)、習得にはまだまだ時間がかかりそう。もっともっと大量のインプットをする必要があるのでしょう。

 

 

 

 

 

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2012年2月11日 (土)

Twitter(ツイッター)を始めてみました

Photo 30分では達人になれませんでしたが、こんな本を頼りに最近、ツイッターを始めてみました。気づけば2010年5月に初版が発売された本のようで、中身はちょっと古い情報になってしまっています。

  ブログを始めた時もそうでしたが、こういうのはいじくりながら仕組みを覚えるのが良いと思うんですよね。とはいうものの、使い始めてみると意外に分かりづらくて慣れるのに苦労してます。コミュニケーションの在り方がこれまでのツールとは違うような気がするんですよね。

 ボクの場合、最初のうちは自分のフォロワーでない人にタイムラインから返信しても意味ないってことに気づかず、使っているうちにようやくそのことに気づくなんて有り様でした。そもそもウチの近所にあるワイナリーの情報を得るためにツイッターを始めたようなものですが、なかなかお目当ての方とお近づきになれない。(笑)皆さんそれで納得して使ってるんですかね?

 そもそもこの仕掛けは商売やっている方やフリーランスの仕事をしている方でなければあまり使うメリットはないような気もします。結局、それぞれ好き勝手につながっているだけのメディアですから。同業者どうしあるいは既知の仲間どうしでチャット的に使っているのが一般的な姿なんじゃないかな。まぁ、その方が安全ですしね。でも決して双方向のツールじゃないなとは思います。ボクは今のところ勝手につぶやいているだけだし・・・あ、でも数名の方からはリツイートしていただいたり返事をいただいたりしました。あやしげな初心者にお付き合いいただき、どうもありがとうございます。

 それに当初は、「ツイッターに手を出しちゃったらブログがおろそかになるなぁ」なんて思って躊躇していたのですが、実際に使っているうちに、「結局、ツイッターってブログを見てもらうための客引きツールなんじゃないか」って気にもなってきました。要するに基本、宣伝用ツールなのかと。

 とにかく新規参入者をもっとウェルカムするような仕組みがないと利用者の裾野は広がらないんじゃないでしょうか。もちろん本人の努力も必要だとは思いますけど。現状では始めてはみたもののすぐ飽きてやめちゃう人は多いんじゃないかな?

 今のところそんなことをあれこれ思いつつも、ボクはもうちょっと続けてみますけどね。ボク的にはけっこう新鮮な体験なので。

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2012年1月22日 (日)

Here goes! / 山崎史子

Here_goes1 日本では、日常のなかでヴィブラフォンという楽器を耳にする機会はまだまだ少ないのではないでしょうか。ボクはジャズが好きでかれこれ四半世紀ほど愛聴しているので、ヴィブラ(本当は「ヴァイブ」という略称があるのですが、これだと下世話な道具をイメージする人が多いようなので、ボクは使いません。困ったものです。)もよく聴きますが、ふだん音楽と言ってもスーパーマーケットやカフェのBGMくらいしか耳にすることのない人にはなじみの薄い楽器かもしれません。

 「鉄琴(てっきん)みたいな楽器」って説明すれば最も手っ取り早いでしょうか。でも、これではヴィブラフォンという楽器の魅力を的確に伝えるには言葉足らずな気がします。

 鉄琴は金属の板がピアノの鍵盤のように並んでいるものを、先端を毛玉のように丸くしたマレットと呼ばれるバチで叩く楽器ですが、それだけでは鋭く硬い音が出るにすぎません。ヴィブラフォンはそうやって出した金属音を共鳴させてふわっとした柔らかい音にするために、金属板の下にファンを仕込んで回しています。だから浮遊感のある持続音が出るんです。

 聴けば聴くほど不思議な楽器です。演奏者によっておなじ楽器でも全く違う音色になります。都会的でクールな音色がジャズのサウンドにマッチするので、やはりジャズ・ライブで演奏されることが多いです。ボクが最初に聴いたのはMJQというジャズ・コンボのアルバム、『コンコルド』でのミルト・ジャクソンの演奏でした。このアルバムでのミルトの演奏を一言で言い表すとすれば「典雅」かなぁ。クラシック音楽を思わせる上品な演奏なんです。

 先日、小布施の蔵を改造した部屋に宿泊したさいにウォークマンでふみちゃんのデビューCD『Here goes!』を聴いてみました。凍えそうな寒気のなかを訪ね、ようやくたどり着けた安ど感からでしょうか、間接照明に照らされた部屋のなかで聴いたヴィブラフォンの音色は不思議と暖かく、まるで暖炉の火にあたっているような心地よさでした。

Here_goes2 吉祥寺stringsでのライブで聴いた「雪譜(せっぷ)」という楽曲では、ふみちゃんのヴィブラフォンが雪景色を見事に表現してました。雪って触ると冷たいけれど、それでかまくらなんかを作ると中はけっこう暖かかったりします。ヴィブラフォンの音色はそれとおんなじで、ある時はクールに、またある時はホットな音色で聴こえてきます。だからオシャレに聴こえたり、聴いていてホッとさせられたりで、生活に彩りを添える音楽としてはいろんなシチュエーションで使える受けの広い楽器だと思います。あんがい聴いている人のその時々の気分を反映しやすい楽器なのかもしれません。演奏者の表現力が試される楽器だともいえます。

 そういう意味でふみちゃんが奏でるこのアルバムの中の楽曲群は、聴く者を元気づけてくれたり、ちょっぴり感傷的にさせてくれたりで、なかなかに味わい深い仕上がりになってます。例えて言うならば喜怒哀楽の「哀楽」かなぁ。

 アマゾンで視聴できるようなので一度聴いてみてください。もっともちょっと聴いたくらいではなかなかその魅力がつかめないかもしれません。ボク自身、何回か聴いているうちにジワジワと良さがわかってきましたから。

  ポップでキャッチーなタイトル曲が1曲目。「Here goes!」からは元気印なふみちゃんの人柄がうかがえますが、ラストの「翁草(おきなぐさ)」のようにセンチで日本的情緒がうかがえる楽曲のほうが、実は彼女の本質を表わしているのかもしれません。どちらもオリジナルです。

 バンドネオンのソロから始まる2曲目の「ドナドナ」は、あの「荷馬車に乗せられた子牛が引かれていく」絶望的な哀しさ…ではなく(笑)、ヴィブラフォンの小気味よい演奏が素敵なアーバンなアレンジになってます。3曲目の「エタニティ」はオリジナル。耳に残る冒頭のリフが印象的なチューンです。ライブで聴いて以来、ボクも大好きな曲です。

 4曲目の「オブリヴィオン」はアルゼンチンタンゴの革命者、アストル・ピアソラの楽曲。ピアノとの絡みが美しく響いていて、どうしようもなく哀しくなっちゃいます。(笑)

 5曲目はアルバムの中で1曲だけ毛色が違うようにも思えますが、アルバム全体に通じる空気感に沿ったアレンジなので、アニメの原曲とはまた違ったひねりの効いたオシャレな「ルパン三世のテーマ」が聴けます。

  6曲目の「元気玉」は、クラシカルなジャズのような熱気、シブさはないけれど、コンテンポラリーなジャズとして爽やかさ、小気味よさ、そして哀感で聴かせるこのアルバムを代表するような曲です。そしてラストは「翁草」。ボク的にはふみちゃんのオリジナルの中でかなり好きな部類の曲です。しみじみと心に沁みてくる名曲だと思います。

 クールでいてホット、爽やかでありながら哀感もあり、陰と陽が織りなす美の旋律を存分に聴かせてくれるこのアルバム。すでにジャズスポットでは相当のキャリアを誇る実力者ですから当然なんだけど、聴く側にとって「名刺代わりの一枚」で済ませるわけにはいかない完成度の高さです。ボクはもう10回以上は聴いたでしょうか。

  ふみちゃんのヴィブラフォン奏者としてのアイドルはゲイリー・バートンだそうですが、彼の「透徹」なスタイルも、ボクのフェイバリットであるカル・ジェイダーの「洒脱」なスタイルもいいけれど、ふみちゃんの個性は彼らとはまた違ったものです。それは日本人女性アーティスト特有の感性からくるものなのかもしれません。

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2012年1月15日 (日)

吉祥寺Stringsでカウントダウンライブ

Photo 昨年末の大晦日は一昨年末に続き吉祥寺のライブスポット「Strings(ストリングス)」でのカウントダウンライブに夫婦で行ってきました。今回は太宰百合(Piano)小島のり子(Flute)とCDデビューを果たしたばかりの山崎史子(Vibraphone)〔以下、ふみちゃん〕の3人でのステージでした。

 大晦日なので3部制のライブの1stステージは午後9時からの予定。でも、ボクらはなぜか8時からと勘違いしていて、7時半にお店に行ったらまだ開いておらず、近くのスタバで時間調整をして再度入店というマヌケなことをしていました。(笑)

 それでも無事席に落ち着くことができ、ここでは必ずいただくカイピリーニャと、前菜の盛り合わせやピザをパクつきながらライブ前の腹ごしらえをしていたのです。すると、さきほどまでステージで楽器の調整をしていたふみちゃんがこちらにやって来て妻に声をかけてくれました。以前ふみちゃんのライブに出かけた際、ウチの妻がふみちゃんのお姉さんに似ているとかで話をしてくれたことを覚えてくれていたんです。

 プロのミュージシャンなのに、いつも気さくで、元気印で、それでいてとっても気遣いをされる方なので、すごく親近感を覚えてしまいます。ステージはそんなふみちゃんのキャラクターが溢れんばかりの魅力を放つ楽しいものでした。曲の合間のふみちゃんと他のメンバーとのMCでは笑い声が絶えず、店内全体が和気あいあいとした雰囲気のなか、素敵な演奏が続きます。

 とっても寛いだ雰囲気のなか、ちょっぴりほろ酔い気分で聴いていたので、セットリストは覚えてないので書けませんが、スティービー・ワンダーの「リボン・イン・ザ・スカイ」やブラジル音楽のナンバーを数曲演奏してくれたのが嬉しかったなぁ。年越し間近に迫った3rdステージでは3人それぞれのオリジナルナンバーを中心に演ってくれたのですが、ご本人も言ってたけど、のり子さんのオリジナル曲「雪譜(せっぷ)」ではフルートとピアノとビブラフォンの音色がとけあって、本当に北陸の雪景色を思わせる幻想的な演奏となり、それが今回一番印象深かったです。

 もともとこの曲はビブラフォンが入る編制ではないんだそうですが、ふみちゃんの演奏からはしんしんと静かに降り積もる真っ白な雪をイメージできました。これで遠くから除夜の鐘なんかが聞こえてくれば、まんま年末恒例の「ゆく年くる年」の世界ですな。(笑)

 これまでフルートをフィーチャーしたジャズライブを聴く機会がほとんどなかったのですが、のり子さんのフルートは想像していた以上に素敵でした。のり子さんには日本酒のイメージを曲にしたアルバム『Song for my sake(ソング・フォー・マイ・セイク)』というのがあるんだそうで、「雪譜」はそのアルバムの中の曲。ほかにも「田酒(でんしゅ)」「浦霞(うらかすみ)」「加賀鳶(かがとび)」など、日本酒好きにはおなじみの銘柄をイメージした曲が収録されているようです。松本の飲み仲間に持っていったら喜ばれそうです。

 百合さんのピアノがこれまた素晴らしく、ライブからの帰り道に妻と感想なんかを喋り合っていて奇しくも一致した意見が「太宰百合さんのピアノは良かったね~」というもの。初めて聴くピアニストでしたが、彼女のピアノはとってもボク好みです。

 ふみちゃんのカウントダウンとともにクラッカーを鳴らし、お店から振る舞われたシャンパンで乾杯する恒例行事を終え、新年一発目に演奏してくれた曲はふみちゃんオリジナルの「散歩道」という曲でした。ビブラフォンの可愛らしい旋律が印象的なチューンですが、百合さんのバッキングがとってもカッコ良くて、これまで聴いたなかでは今回の演奏はボク的にかなり気に入りました。この二人のデュオで、いつかまたこの曲の生演奏を聴いてみたいものです。

  ふみちゃんのMCは相変わらず絶好調で楽しませてもらいましたが、今回は他にもいろんな収穫があったライブでした。もちろんライブ終了後、ふみちゃんから直接『Here goes!〔amazon.co.jp〕を買ってきましたよ、サイン付きで。本人にとっても自信作ということなので、次回このCDのレビューを書くことにします。

 店から出て吉祥寺駅に向かうまでの街中は、さすがに冷え込みが厳しく人通りもまばらで、普通だったらいっきに気分が滅入るほど淋しくなりそうな雰囲気でしたが、その時は妻と二人だったからというのもあるけど、なぜか心の中がほっこり温まっていて足取りも軽かったのを覚えています。今年も良いことがたくさんありますように。。。

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2012年1月 4日 (水)

2012年、新年のごあいさつ

 2012


 新年明けましておめでとうございます

 昨年は世相もそうでしたが、ボク個人も辛いことが多く、あまり良い年ではありませんでした。今年こそはあとで振り返ったとき、「良い一年だったなぁ」としみじみ思えるような年になってほしいものです。皆さんは新しい年のスタート、どんなふうに過ごされましたか?

 このブログ、昨年11月からPCの日本語入力システムの調子がおかしく、書いているうちにひらがな入力ができなくなることがしょっちゅうで、そのうち書くこと自体が億劫になってしまったんです。そんなこともあって1カ月以上更新が途絶えてましたね。

 『日の出工房』はボクが普段観た映画、スポーツ、読んだ本、聴いた音楽、訪れた飲食店やお気に入りのスポットなどをネタに書いていますが、この間、書きそびれたネタがいっぱいあって残念です。

 それでもそのうちのいくつかは近いうちにアップしようとは思っています。なにぶん一昨年に現在の職場に異動してからというもの、ブログを更新する時間が思うようにとれずにいるので、今年もゆっくりペースで続けることになるでしょう。とりあえず年頭の目標としては、週1ペースでの更新を考えています。

 12月2日(金)は猿田泰寛くんのピアノソロ・リサイタルに出かけてきました。これまでは根岸弥生さんとのデュオ(2台のピアノ)で聴くコンサートばかりだったので、実はソロで聴くのは初めてでした。猿田くんが奏でるベーゼンドルファーの心地よい音色を堪能したあと松本の街に繰り出し、久しぶりに「厨 十兵衛」と「WaterLoo(ウォータールー)」をハシゴしてゆっくり呑むことができました。

 23日(金・祝)には松本のとあるお店で、毎年恒例の妻との忘年会。その後はいつものWaterLooでまったりと過ごしました。そして31日(土)は東京吉祥寺のライブハウスに出かけ、昨年に引き続いてカウントダウンライブに参加してきたというのがボクらの年末の過ごし方でした。

 こう書くとなんだか遊び暮らしているように思えるでしょうけど、しんどい状況のなかで一年間頑張ってきた自分(と妻)へのご褒美のつもりです。へへへ。

 さて、年末年始の休日も終わったし、そろそろ本格始動と行きますかぁ~。2012年も仕事に遊びにアクティブであり続けたいものです。

 今年もどうぞよろしくお付き合いくださいませ。

 

 

 

 

 

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2011年11月26日 (土)

Music In You / 西山 瞳

Music_in_you 前作『パララックス』から3年の歳月を経て、今月発売されたニューアルバム、『music in you』。後世には西山 瞳の代表作として語られる作品になっているかもしれない、すでにそんな予感がしている。

 ボクがこれを聴き始めたのは、ほんの10日ほど前のこと。以来、我が家ではヘビー・ローテーション中です。才気ばしった若手ジャズピアニストから円熟期を迎えようとしている中堅ジャズピアニストへ。彼女のキャリアは着実に高みに向かって進んでいるようだ。アルバムに収められた充実の作品群はそのことを如実に物語っている。西山自身のオリジナルな音楽世界の完成度はますます極まってきた。

 こんこんと地下からわき出てくる泉。清らかな小川のせせらぎ。手つかずの自然の中に存在する無色透明な水のイメージが浮かぶ。西山が奏でるピアノの美旋律は現実世界の煩わしさを少しの間だけ忘れさせてくれる。ピアノトリオだからもちろんベースやドラムスのサポートがあってこそなんだろうけど、傑出した楽曲の美しさこそがこの人の音楽の魅力だ。スタンダードナンバーで聴かせるのもいいけど、やはりジャズメンはオリジナルで勝負するのが基本ではないだろうか。

  同アルバムの4曲目、「Unfolding Universe(アンフォールディング・ユニバース)」を初めてネットで試聴した時、ボクの頭の中に衝撃が走った。なんでもポピュラー音楽では定番のコード進行、Ⅱ-Ⅴモーションをほとんど使わずに書いた曲なんだそうだ。この楽曲がアメリカ最大規模の作曲コンペ、「インターナショナル・ソングライティング・コンペティション2009」のジャズ部門にて約1万5000のエントリー中、第3位に入賞した。早くこの曲をアルバムで聴きたい、いや、願わくば生演奏で。そう思い続けてようやく念願が叶った。

 コンポーザーとしての彼女のたぐいまれなる才能には驚かされるばかりだ。昨今はどんな音楽ジャンルであれ、「どこかで聴いたような曲」がうんざりするほどたくさん取り揃えられているし、オリジナリティーのかけらもないような楽曲がなぜかヒットしたりもする。そんな場面に出くわすたびにボクは、よりいっそうオリジナルな音楽を求めずにはいられなくなっていた。

 ファッションのように世間の流行に合わせるようにして次から次へと着散らかすようなものではなく、ましてや人が聴いているから聴いてみようなんてお仕着せなものでもなく、自分の感性によく馴染んだ、聴いて心地良いと思えるものをどうやって探し出せばいいのだろう。つまりボク自身にとっての普遍的かつ本質的な音楽とはどんなものか。。。と。

 どうやら西山の音楽に対する関心もこのへんにあったようだ。以下は西山のブログからの引用。

 20代前半に、世界的な現代美術家の宮島達男さんの作品に出会い、大変衝撃を受けました。そして、宮島さんは「Art In You」という考えと、同タイトルの本も出されていて、それに大変共鳴しました。作品を制作するのはアーティスト本人かもしれませんが、それがアートとして成立するのは、観た人の心に何かが発生し、アーティストと共鳴した時です。前から不思議に思っていました、なんで私たちは何かに感動するんでしょう。親にも先生にも教えられたわけではないけれど、赤ちゃんや子犬を見ると可愛いと思う、それは私たちの心の中に埋め込まれた大事なスイッチで、皆が持っている。芸事を発信する人間は、そのスイッチを押すお手伝いをするだけで、発信するのは芸事そのものではなく、皆と何かを共有したいから発信するのだ、という原理的なことに、宮島さんによって気付かされました。音楽も全く同じだと思い、Music In Youだなあと思い、初めてタイトルから先に作った曲です。

  優れた音楽は聴く人の心の中にある。アーティストとはその音楽を鳴らすスイッチを押す人。であるならば、自分と感性が通じ合うアーティストと息長くつきあってゆくことが幸福な音楽生活を送るための秘訣なのかもしれない。もしかして西山の音楽は今のボクの心情にベストカップリングなのかも。まだ誰も演ってないオリジナルな楽曲であることはもちろん必須の条件だ。

  今回のアルバムの白眉ともいえる4曲目「アンフォールディング・ユニバース」。そこにいたるまでの2曲目「キノーラ」、3曲目「ピクチャーズ」。いずれも人々がアートを目の当たりにするための仕掛けだ。キノーラはアニメーションの始まりとなった動画再生機器の名称なのだとか。この曲の並びもなんだか深い意味が込められているように思える。いずれも西山らしさが楽曲の随所に表れていて趣深い。そんなところも面白い。

 「あなたが本当に聴きたい音楽は、あなたの心の中にある。」西山 瞳の音楽を聴いていると、本当にそうかもしれないと思えてくるから不思議だ。

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2011年11月23日 (水)

勝てなかったのは打撃陣のせい?

 史上まれにみる激戦が続いた今年のプロ野球日本シリーズ。結果はみなさんご承知のとおりソフトバンクホークスが4勝3敗で日本一の栄冠を手にした。中日ファンであり、そして落合野球の集大成を期待していたボクとしては残念な結果に終わってしまったが、シリーズを大いに楽しませてもらった。やはりプロフェッショナルの高い技術レベルを目の当たりにできるゲームは観ていてワクワクする。

 投手を主体とした攻撃野球。この点では両チームとも似かよったチームカラーどうし。毎試合接戦になったのも無理からぬところだ。野球というスポーツは投手の攻撃から始まるものなんだということを改めて実感した。投手が放ってきた球を打者が細いバットでどう受けるか。中日-ソフトバンク戦の勝敗を分けたのはまず、投手の「打たせない技術」だった。

 だから毎試合、今日は誰が先発するのか、どういうタイミングで誰につないでいくのかに注目して観ていた。落合監督、秋山監督それぞれの投手起用をボクなりに予想し、実際の起用がそれとどう違ったのか、さらにその起用の根底にある勝つための方法論は何なのかと思いを巡らすのが楽しかった。

 つい先ごろ出版された落合さんの著書『采配(さいはい)〔amazon.co.jp〕にこんな記述があった。初めはビックリさせられたけれど、落合さんの方法論は理にかなっていると感心し、納得させられた。

 0対1の惜しい敗戦が3試合も続いた。ファンもメディアも「打てる選手がいない」と打線の低調ぶりを嘆いている。この状況から抜け出そうと、チームでミーティングをすることになった。監督であるあなたは、誰にどんなアドバイスをするか。
              (中略)
 恐らく多くの方は、打撃コーチやスコアラーの分析結果も踏まえて、3試合で1点も取れない野手陣に効果的なアドバイスをしようと考えるだろう。
                              (中略)
 私は違う。投手陣を集め、こう言うだろう。「打線が援護できないのに、なぜ点を取られるんだ。おまえたちが0点に抑えてくれれば、打てなくても0対0の引き分けになる。勝てない時は負けない努力をするんだ

Photo このあと、落合監督は3点以内に抑えたピッチャーが「負けたのは悔しいが、自分の仕事はした」なんて報道陣にコメントするようなこれまでの風潮はおかしい。チームスポーツで仕事をしたと言えるのは、チームが勝った時だけだと述べている。一般社会でも同じことだ。あと一歩で仕事(受注)を逃した社員が自分はベストを尽くしたと言い張っても相手にされないだろう。落合さんの思考法からさまざまなことを学ばせてもらった。

              ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 負けた中日はもちろん、勝ったソフトバンクでさえ打ち勝ったという印象はない。ひと試合あたりの得点も第6戦でソフトバンクのあげた5点が最高で、その他の試合はすべて3点勝負の展開だった。いや、それどころか2-1のロースコアでの決着が4試合もあった。だから攻撃面での凄さに驚かされ、心踊らされる場面はほとんどなかったのではないか。それに毎試合、面白いほどバットが折れた。そのたびにボクは両チームの投手力の凄さを見せつけられた思いがしていた。

 守備力も素晴らしかった。特に外野手が追いつけそうにない打球を好捕する場面が何度もあった。中日の小池・平田、ソフトバンクの多村・内川らだ。あれが抜けていたらと思われる場面で体を張った好プレーが随所で光った。そのようなスーパープレーの応酬が続いた末に、最終戦では中日のセンター、大島の惜しいプレーがきっかけとなってソフトバンクが先制点をあげ、均衡が破れた。

 ソフトバンクの長谷川が打ったセンターオーバーの打球にいったん追いつきながらも、大島はボールをこぼしてしまった。普通であれば抜けていた打球だったから大島を責めるのは筋違いだ。記録はもちろんヒット(2塁打)。でも名手、大島だけに捕ったかもしれないと一瞬思わせた。でも捕れなかった。このあと先発山井は次打者の山崎に四球を与えてノーアウト満塁とし、降板。ギリギリのせめぎ合いが続くなかで、中日守備陣がソフトバンク守備陣に力負けした瞬間だった。それほどレベルが高かったということだ。

 勝負を決したのは打撃力の差ではなかった。投手力・守備力といった中日のお株をも奪って優位に立ったソフトバンクが日本シリーズを制覇した。ソフトバンクのほうが役者が一枚上だった。そして、落合監督の「投手を主体とした守り勝つ野球」が日本のプロ野球界にパラダイム・シフトをもたらしたということが、皮肉にも相手チームによって実証された。

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2011年11月 6日 (日)

ガンバレ!オレ。

 努力は人に見せつけるものではなく、人知れずやるもの。ましてやそれを売り物にするのはカッコ悪い。

 そんなの結果を出している人は誰でも当たり前にやっている。

  100メートルダッシュを80メートルでやめて残り20メートルを流す人と最後まできっちりやる人。最後に笑うのは後者。

  練習は嘘をつかないというのは本当だ。練習でできなかったことが本番でできるはずがないというのも真実。

  今の自分にはツキがないとか、流れが向いてこないななんて思う時こそ原点に立ち戻れる自分でありたい。どこか浮ついたり怠けたりしている自分はいなかったか。

 人間は悔しいから生きている。満足したらそこで終わる。

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2011年10月21日 (金)

落合監督退任に想う

Photo 気がつけば前回から約1か月近く更新できないままでした。この間のボクの暮らしぶりを正直に告白すれば、その日の仕事を終えて夜9時頃に帰宅するとやおらTVをつけ、プロ野球の中日戦を放映しているチャンネルを探し、その日の試合結果を確かめる、もしくは試合後半の模様を観戦する。それが無理な日は夜9時45分頃からのNHKニュース9のスポーツコーナーで結果を見る、そんな日々でした。

 現金なもので、8月の首位ヤクルトと10ゲーム差がついていた頃は興味がなかったのに(ゆっくりテレビを観る暇もあまりなかったし)、いざ中日が物凄い追い上げを見せるようになってくると、毎日の結果が気になって仕方なくなっていたんです。

 そしてとうとう、今週の火曜日(18日)対横浜戦で引き分けてセ・リーグ優勝を決めました。翌水曜日(19日)にはヤクルトにも勝ち、正真正銘の自力優勝という形にもなりました。落合監督は退任の花道をみずから用意して有終の美を飾ってくれたわけです。ファンとしては本当に大感激の二連覇でした。

Photo_3 さて、多くの方がすでにご存じのことと思いますが、かねてより球団内部では落合監督と坂井球団社長との確執があったようです。ドラゴンズが9月に行われた対巨人戦に負けたとき、坂井社長はガッツポーズをとって喜んだのだとか。自球団の敗戦に喜ぶ社長というのも不思議な姿なのですが、どうやら伏線として球団の赤字経営を何とかしろとの至上命題を負っていた坂井社長が「これで落合を辞めさせられる」と思って喜んだ。つまり、この時の敗戦によって高額年俸の監督をクビにする口実ができたのでホッとしたということなんでしょう。

 
  こうしてもともとアンチ落合だった坂井社長に追われる形で落合さんは球団を去ることになりました。これまでの実績からすれば、また球団への貢献度を考えれば、その処遇はあまりに冷たいものです。中日球団にとって落合さんは最後までアウトローであり、外様(とざま)であったということも一因なのでしょう。

Photo_4 もっともその事を知った選手達が発憤して優勝を勝ちとったのですから、結果は球団にとっても選手達の今後にとっても良かったのでしょう。落合さんは1994年1月の監督就任の際に選手達にこんなことを言ったんだそうです。「おまえらは球団のために戦うわけじゃない、自分の生活を守るために戦うんだ」と。現役時代からたびたび所属チームのフロントと対立し、「オレ流」を貫いてきた一匹狼の落合さんが言いそうなことですが、これは「組織と個人」の関係においてなかなか核心を突いた言葉です。

 ウチの職場もそうですが、お偉いさんは組織のなかの個人に対して滅私奉公を求めます。でも、当の個人としては「組織のなかで一生懸命働いたことが報われるのなら、稼がせてくれるのなら従いましょう」というのが本音でしょう。

 ところが実際は、上層部では現場そっちのけで事業を継続するための資金繰りのことしか考えてくれない。これまでのような年功序列で賃金が高くなる年齢になると、いろんな手口で人件費のカットを迫ってくるわけです。

 信賞必罰の落合流では何より試合での結果が求められますが、結果を出した者は厚遇します。もとより厳しいプロの世界です。勝負の世界に生きる者にとって、栄誉と高額報酬というのは最も魅力的な待遇でしょう。それを手にするために頑張るというのはまっとうなモチベーションの在り方です。でも、そのことが選手達の年俸を高騰させ、球団経営を圧迫してきた。経営者としての坂井社長と現場の責任者としての落合監督の思惑が相反するものになってしまうのは仕方のないことです。

 おそらく球団幹部としては「あまり高くない年俸でそこそこ活躍して(盛りあげて)くれればいい」というのが本音なのではないかな。経営的にはそのほうがいいんだと。だから落合監督以前のドラゴンズは「万年2位」球団だったわけです。かつて10・8で巨人に敗れ、優勝はかなわなかったけれど、そこそこ盛り上げてくれた高木守道監督(当時)のような人が今の中日球団に求められる監督像なんでしょう。やっとわかってきました、なぜ今さら高木さんの再登板なのかということが。

 でもボクらファンは二番でいいなんて思ってません、一番じゃなきゃダメなんです。

 結局のところ「出過ぎた真似」をしてしまったわけですよ、落合さんは。それにしても一生懸命やって結果を出したことが逆にうとまれる世界というのも辛いもんですね。中日球団で采配をふるうことが落合監督にとって本当に幸せなことだったのでしょうか。「孤高の職人」を受け入れる度量の広さはもともと持ち合わせていない球団です。典型的な「ムラ社会」ですな。ボクが嫌いな「身内に甘く、よそ者に冷たい」世界ですよ。

 今にして思うと、そんなところで8年間、落合さんは本当によくやってこられました。その反骨精神はボクも見習いたいものです。冷遇された球団に最高の栄誉をもたらし、そして静かに去ってゆく。大人ですね、本物のプロですね。素人が下手にコメントできる世界じゃないのです。だからネット言論を賑わせている落合さんへの下世話な批評はもう止めましょう。

 プロとして勝負にこだわる姿勢をサポートしきれなかった球団幹部。もっとも世の中にはいたる所でこういった「経営者の事情と現場サイドの事情のすれ違い」が見られます。せっかくドラゴンズが優勝したのに、なぜこうも晴れ晴れしい気持ちになれないんだろう。ずーっと考えてきました。どうやら落合監督退任のてんまつは、ボク自身が今抱えている問題意識とダブっているようです。

 もっとも落合さんには実力があるけど、ボクには何もないですから、組織に無理難題を押しつけられても耐えるしかないんですけどね。でも、弱い者は弱い者なりの戦い方を探る必要はありそうです。故スティーブ・ジョブズも言ってたっけ、"Stay Hungry , Stay Foolish"ってね。「満たされていない」ってことは、実は大事なことなのかもしれません。

  ハングリー精神で明日を切り拓いて行けたらいいですね。

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2011年9月27日 (火)

中日ドラゴンズ論 / 今中慎二

Photo 中日球団は落合博満監督の今季限りでの退団を発表しました。契約満了の年とはいえ、これまで同球団にとっては半世紀ぶりの日本シリーズ制覇を含め、セ・リーグ優勝3回、これまで7年間、常にAクラスをキープしてきたことなど輝かしい実績を残してきた落合監督。そんな功労者に対して球団がとった態度はあまりに素っ気なく思え、このニュースを知った当初は不信感をもちました。

 佐藤球団代表は、そろそろ「新しい風」を入れたいとの意向を表明したようですが、だったら92年~95年途中までドラゴンズでの監督経験がある高木守道氏が再登板というのは理解に苦しむ人選です。それに今後、落合さんが他球団の監督に招聘され、ドラゴンズの敵になる恐れが出てきたことも脅威です。ボクは星野さんがタイガースに行っちゃった時以上の脅威になると思ってます。 

  そんなことを考えながら、かつてドラゴンズのエース・ピッチャーとして活躍した今中慎二氏の『中日ドラゴンズ論』を再読してみました。

 メディアのなかには、今回のシーズン途中での退任劇は落合監督の高額年俸が原因であるとか、落合野球ではゲーム進行に面白みがないため観客動員数が増えず、球団経営が苦しくなったせいだとか、ほとんど憶測に近い記事を書いたところがあります。

 今中さんはドラゴンズの強さを「プロとして当たり前のことができている」点に求めています。打撃は不振続きでも、ピッチャーを中心とした守りの野球でシーズン後半にはちゃんと首位争いの一角に食い込んでいる。勝つためにはメディアに対しても口を閉ざし、不必要にチーム情報を流出させない。大物選手を金で集めるようなことはせず、その代わりオフのキャンプでは12球団随一と言われる練習量をこなして鍛えあげ、毎年のように若手が頭角をあらわしてくる。

 身だしなみにも厳しく茶髪は禁止、グランドではだらだら動かない、ファンの前では敵チームの選手と馴れ馴れしくしない、裏方さんにも気配りができる等々。見た目も爽やかで凛々しく、しかも強いチームがドラゴンズなのだと。

 これまで落合監督は選手達に高いプロ意識を要求する一方で、トレーニングにおいては自主性を重んじてやってきました。プロなんだから各自が「オレ流」でいいじゃないかという考えなのでしょう。そして、ゲームで使えるレベルになった選手には、新人だろうが何だろうが1年目からチャンスを与えてきました。一芸に秀でた選手を上手に起用してその才能を伸ばす名人でもあったのです。

 今中さんに言わせると、高木次期監督も同様の野球観をもった方のようです。そういう意味では星野前監督とは違った意味で厳しく怖い監督なのだとか。また、最初から選手に教え込もうとするのでなく、考えさせる野球をするそうなので、落合監督の後任としては現時点でもっとも適任な方なのかも知れません。

 野田首相はかつて民主党代表選前の演説で、「私が代表になっても支持率はあがらないでしょう。だから解散はしません。」と述べました。それと同様に、高木新監督が就任しても中日球団の観客動員数はおそらくあがらないでしょう。高木さんも前任者同様、多くのファンにとっては地味で面白みのない「どじょう」のような野球をする方です。しかし、堅実に勝つ野球をしてくれることでしょう。誰が指導者になろうとも、最高のファンサービスは「ゲームに勝つこと」「優勝すること」に違いはありません。高木さんならきっとやってくれます。

 それにしても先週の対ヤクルト4連戦にはシビれました。あそこで連敗したら首位ヤクルトに追いつくのは難しくなったでしょう。しかし、例によってシーズン後半の勝負どころで負けない野球を徹底し、勝ち星を重ね、着実に追い上げてきました。これまで大幅に負け越していた相性の悪いヤクルトに3連勝(1敗)だったのですから、あっぱれとしか言いようがありません。

 落合監督は勝負どころで負けないチームを築き上げてきました。しかし、8年間指揮をとり続けるうちにアライバ(荒木・井端)の二遊間も、抑えの岩瀬も、正捕手の谷繁もベテランの域に達し、年齢とともにかつてのようには盤石でなくなってきました。球団代表が「新しい風」を採り入れようとするのも、最近のチーム事情を考えれば無理からぬところではあります。

 やはり将来の立浪監督擁立に向けた球団側の意向なのでしょうか。常勝軍団を作り上げたものの、落合監督はなぜか最後まで人気がありませんでした。球団経営を考えれば人気者の監督を立てたい気持ちもわからないではありません。ですが、ボクは落合監督を球団史上最強の名将だと断言します。ドラゴンズ伝統の戦術に倣い、最高の形で具現してくれたからです。あるいは大味な野球のほうが見た目に面白く、人気が出るかも知れません。でも、今のチームカラーは誰が監督になっても継承していって欲しいものです。

 8年間ご苦労さまでした。緻密な計算と秘めた闘志、そして有言実行。落合さんにはプレーヤーとしてはもちろん、マネージャーとしてもプロ根性を見せつけられました。こうなればファンとしては、なんとか今シーズンの最後を球団史上初となる連覇で飾って欲しいです。首位ヤクルトと2.5ゲーム差。きっとやってくれると信じています。

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