Here goes! / 山崎史子
日本では、日常のなかでヴィブラフォンという楽器を耳にする機会はまだまだ少ないのではないでしょうか。ボクはジャズが好きでかれこれ四半世紀ほど愛聴しているので、ヴィブラ(本当は「ヴァイブ」という略称があるのですが、これだと下世話な道具をイメージする人が多いようなので、ボクは使いません。困ったものです。)もよく聴きますが、ふだん音楽と言ってもスーパーマーケットやカフェのBGMくらいしか耳にすることのない人にはなじみの薄い楽器かもしれません。
「鉄琴(てっきん)みたいな楽器」って説明すれば最も手っ取り早いでしょうか。でも、これではヴィブラフォンという楽器の魅力を的確に伝えるには言葉足らずな気がします。
鉄琴は金属の板がピアノの鍵盤のように並んでいるものを、先端を毛玉のように丸くしたマレットと呼ばれるバチで叩く楽器ですが、それだけでは鋭く硬い音が出るにすぎません。ヴィブラフォンはそうやって出した金属音を共鳴させてふわっとした柔らかい音にするために、金属板の下にファンを仕込んで回しています。だから浮遊感のある持続音が出るんです。
聴けば聴くほど不思議な楽器です。演奏者によっておなじ楽器でも全く違う音色になります。都会的でクールな音色がジャズのサウンドにマッチするので、やはりジャズ・ライブで演奏されることが多いです。ボクが最初に聴いたのはMJQというジャズ・コンボのアルバム、『コンコルド』でのミルト・ジャクソンの演奏でした。このアルバムでのミルトの演奏を一言で言い表すとすれば「典雅」かなぁ。クラシック音楽を思わせる上品な演奏なんです。
先日、小布施の蔵を改造した部屋に宿泊したさいにウォークマンでふみちゃんのデビューCD『Here goes!』を聴いてみました。凍えそうな寒気のなかを訪ね、ようやくたどり着けた安ど感からでしょうか、間接照明に照らされた部屋のなかで聴いたヴィブラフォンの音色は不思議と暖かく、まるで暖炉の火にあたっているような心地よさでした。
吉祥寺stringsでのライブで聴いた「雪譜(せっぷ)」という楽曲では、ふみちゃんのヴィブラフォンが雪景色を見事に表現してました。雪って触ると冷たいけれど、それでかまくらなんかを作ると中はけっこう暖かかったりします。ヴィブラフォンの音色はそれとおんなじで、ある時はクールに、またある時はホットな音色で聴こえてきます。だからオシャレに聴こえたり、聴いていてホッとさせられたりで、生活に彩りを添える音楽としてはいろんなシチュエーションで使える受けの広い楽器だと思います。あんがい聴いている人のその時々の気分を反映しやすい楽器なのかもしれません。演奏者の表現力が試される楽器だともいえます。
そういう意味でふみちゃんが奏でるこのアルバムの中の楽曲群は、聴く者を元気づけてくれたり、ちょっぴり感傷的にさせてくれたりで、なかなかに味わい深い仕上がりになってます。例えて言うならば喜怒哀楽の「哀楽」かなぁ。
アマゾンで視聴できるようなので一度聴いてみてください。もっともちょっと聴いたくらいではなかなかその魅力がつかめないかもしれません。ボク自身、何回か聴いているうちにジワジワと良さがわかってきましたから。
ポップでキャッチーなタイトル曲が1曲目。「Here goes!」からは元気印なふみちゃんの人柄がうかがえますが、ラストの「翁草(おきなぐさ)」のようにセンチで日本的情緒がうかがえる楽曲のほうが、実は彼女の本質を表わしているのかもしれません。どちらもオリジナルです。
バンドネオンのソロから始まる2曲目の「ドナドナ」は、あの「荷馬車に乗せられた子牛が引かれていく」絶望的な哀しさ…ではなく(笑)、ヴィブラフォンの小気味よい演奏が素敵なアーバンなアレンジになってます。3曲目の「エタニティ」はオリジナル。耳に残る冒頭のリフが印象的なチューンです。ライブで聴いて以来、ボクも大好きな曲です。
4曲目の「オブリヴィオン」はアルゼンチンタンゴの革命者、アストル・ピアソラの楽曲。ピアノとの絡みが美しく響いていて、どうしようもなく哀しくなっちゃいます。(笑)
5曲目はアルバムの中で1曲だけ毛色が違うようにも思えますが、アルバム全体に通じる空気感に沿ったアレンジなので、アニメの原曲とはまた違ったひねりの効いたオシャレな「ルパン三世のテーマ」が聴けます。
6曲目の「元気玉」は、クラシカルなジャズのような熱気、シブさはないけれど、コンテンポラリーなジャズとして爽やかさ、小気味よさ、そして哀感で聴かせるこのアルバムを代表するような曲です。そしてラストは「翁草」。ボク的にはふみちゃんのオリジナルの中でかなり好きな部類の曲です。しみじみと心に沁みてくる名曲だと思います。
クールでいてホット、爽やかでありながら哀感もあり、陰と陽が織りなす美の旋律を存分に聴かせてくれるこのアルバム。すでにジャズスポットでは相当のキャリアを誇る実力者ですから当然なんだけど、聴く側にとって「名刺代わりの一枚」で済ませるわけにはいかない完成度の高さです。ボクはもう10回以上は聴いたでしょうか。
ふみちゃんのヴィブラフォン奏者としてのアイドルはゲイリー・バートンだそうですが、彼の「透徹」なスタイルも、ボクのフェイバリットであるカル・ジェイダーの「洒脱」なスタイルもいいけれど、ふみちゃんの個性は彼らとはまた違ったものです。それは日本人女性アーティスト特有の感性からくるものなのかもしれません。
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